イギリスの画家、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775–1851)は、「光の画家」と呼ばれるロマン主義の巨匠です。イギリスで最も人気のある風景画家と言っても過言ではありません。風景の中にあふれる光や空気を描き出し、のちの印象派にも影響を与えました。
この記事では、
- ターナーはどんな生涯を送ったのか
- どんな代表作を残したのか
- なぜ今も人気なのか
を、初心者の方にも分かりやすく解説していきます(^O^)
Contents
ターナーの生涯|少年時代から王立美術院へ

早くから才能を発揮した少年時代
ターナーは1775年、ロンドンで生まれました。父は理髪店を営んでいましたが、あまり裕福な家庭ではありませんでした。
父とは、とても良好な関係で、生涯に渡って良き理解者であったそうです。母の方は精神疾患を持ち、子供の世話をすることが出来なかったと言われています。幼いころのターナーは学校教育もほとんど受けずに、複雑な家庭環境下で過ごしたそうです。
しかし幼いころから絵の才能を発揮したターナーは、父の庇護もあり、
14歳で王立美術院付属美術学校に入学するという、当時としては驚くべき経歴の持ち主です。
10代のうちに水彩画が高く評価され、すでに「将来有望な風景画家」として注目されていました。
若くして成功、そして名声へ
26歳という若さで王立美術院の正会員となり、名実ともにイギリスを代表する画家へ。
画家として絶大な人気と有力なパトロンを得て順調な歩みを続け、若くして投資家並みの財産を築きました。
成功で得た自由により、その後ヨーロッパ各地を旅し、アルプスやヴェネツィアの風景に強い影響を受けました。

特に水の都ヴェネツィアは、ターナーが心に思い描く風景と合致し、その後数多くのヴェネツィアの風景画を発表したそうです。
イタリア旅行で多くのインスピレーションを得たターナーは、その後、より光を重視した大胆な表現へと進化していきます。

ターナーの晩年と人となり
光を主役にした革新的な表現
ターナーの初期の画風は、精密で写実的な風景画でしたが、時間を経て、形が曖昧になり抽象的へと変わっていきました。

晩年時の最大の特徴は、「光」や「大気」を描こうとしたことです。
当時の風景画は、建物や自然を正確に描くことが重視されていました。
しかしターナーは、
- 夕焼けの輝き
- 霧に包まれた空気
- 水面に反射する光
といった“目に見えない雰囲気”を描こうとしたのです。
晩年の作品では、形が溶けるように曖昧になり、光と色が画面いっぱいに広がります。
しかし、この新たな手法は当時の人々に受け入れられず、展覧会に出品しても、ほとんどが売れ残ったと言われています。
ターナーの人となり
ターナーは順風満帆な画家でしたが、一方で、裕福でない下町生まれ、複雑な家庭環境で育ち、イケメンとは言い難い容姿などなど、多くのコンプレックス抱えていました。
ここで「え?!冒頭の自画像はイケメンだったような…」と思う方もいると思いますが、あれは自画像。ターナーの友人知人が描いた肖像画がコチラになります。↓

他にも、同時代に同じく天才風景画家と呼ばれ、裕福な家庭で育ち、整った容姿を持つジョン・コンスタブルに対しての嫉妬心など、泥臭く人間味あふれる画家であったことが知られています
ターナーの代表作
『戦艦テメレール号』

『戦艦テメレール号』は、引退する戦艦を夕焼けの中に描いた名作です。
主役の船以上に印象的なのは、黄金色に輝く空。
栄光の終わりと時代の移り変わりを、沈みゆく光で象徴的に表現しています。
イギリス人が最も好きな風景画に選ばれた事もある絵です。
『雨、蒸気、速度 グレート・ウェスタン鉄道』

1844年70歳頃の作品
『雨、蒸気、速度』は、霧の中を走る蒸気機関車を描いた作品。
産業革命という新しい時代の象徴を、光とスピード感で描きました。
当時、鉄道を描いた芸術作品がとても少なかった事も、この絵が有名になった理由の一つです。
輪郭はぼやけ、ほとんど抽象画のようにも見えますが、そこにこそターナーの革新性があります。
この絵を描くにあたって、ターナーは汽車の窓から身を乗り出し、雨しぶきを受けながらスピード感を実際に体験し、その体感を絵に落とし込んだと言われています。
印象派への影響と現在の評価

モネら印象派に与えた影響
ターナーの死から約20年後、フランスで印象派が誕生します。
印象派の画家たちは、「形より光を描く」という姿勢を受け継ぎました。
印象派の代表格の1人クロード・モネは、ターナーが描いたノラム城 日の出(↑上の画像)を見て感銘を受け、あの有名な「印象・日の出」を生み出しました。

そのためターナーは、「印象派の先駆け」とも呼ばれています。
現代でも愛される理由
晩年のターナーの作品は、理屈で理解するよりも“感じる”絵です。
なんだか眩しい、空気が動いている気がする、心が少し揺さぶられる、
そんな感覚を呼び起こす力があります。
「古典」ではなく、現在の私たちの感性にも響く絵だからこそ、200年以上経った今も、世界中で愛され続けているのです。
まとめ|ターナーは近代絵画への架け橋
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーは、
- 自然の壮大さを描いたロマン主義の巨匠
- 晩年は光を主役にした革新的な画家
- 印象派へとつながる重要人物
美術史において、近代への橋渡しをした存在と言えるでしょう。
筆者の個人的な感想としては、はじめ「なんて緻密で色彩のキレイな絵を描く画家さんなんだろう!」といったところに興味を持って、こちらの記事を書き始めたのですが、
調べれば調べるほど、〇無口で気難しい 〇絵の講師なのに声が小さすぎて聞き取れない 〇財産を築いたのにケチ 〇精神病を持っていた母の影響か、結婚はせず、未亡人ばかりと暮らしていた など、人物像がユニークすぎて、こちらの方に興味が移っていきました(^_^;)
『ターナー、光に愛を求め』2014年作 という伝記映画があるようで、今なら(2026年3月現在)Amazon primeで視聴可能なので、興味のある方はご覧になってみて下さい。









自画像とずいぶん違いますね(・_・;) でも、自画像を実際より良く描いてしまう気持ち、分からなくないです。